2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

痛みを共有しているように見えるアバター

というのはどうだろう? 筋電使えば出来そうな 共感してもらっていると感じる他者とはなんなのだろう?

健康状態から来る厭世観と自己嫌悪

遊び疲れた。 身体が弱い状態のときの私の厭世観と自己嫌悪が似た感覚に思えるのはなぜなのだろう。 身体が弱い自覚があるのなら、健康状態が自身の厭世観に影響が強いことは気をつけたほうがよいかもしれない。 世の中を明るく覗きこみたいなら、健康である…

ときどき英語書く

I sometimes write English sentences for my life. This is the beginning of the beautiful friendship between me and English.

私がランダムネスだ

自分の認識がランダムネスだということにしよう 自分は自分にとって意味のわからないのものなのだ たぶん私は母が生まれた町の人たちみたいになりたかったのだ

くだらない話しようぜ

って言って会える人を増やしていきたい。 無意味だとか生産性のない会話がしたい。少なくともそれが豊かさの1つだろう。必要なことだけの人生というも。映画や音楽が歴史上で滅ばないのには理由を作ってもいいはずだ。 無目的に人に会ってコーヒーを飲む余…

良い一日だった

今日はとても楽しい日だった、ほぼ何も生産しなかった、リフレッシュ出来た 何もしないというのはこんなにも楽しいということを忘れていたことに気づかされた 明日のことは何も考えず、今日は楽しかったと寝たい 自らの個人的な人生を結論づけることに疑問を…

アバターと療法のアイデア

neural avatar, NB中もしくはpsyT中のアバターの貢献を脳活動で測るとか